日常生活に使える
森田療法理論の法則

森田療法には理論のキーワードとなる法則があります。不安や恐怖を取り除こうとして不可能な努力を積み重ねている神経症の人にとって、この法則を理解し、日常生活で実践していくことによって神経症の苦しみから解放されることができます。
そしてこの法則は、人間として誰にでもあり、自分を守るためになくてはならない不安のメカニズムを根本的に解明しており、神経症でない人にとっても役に立ちます。なぜなら、誰にでも共通にある不安という心理を、神経症の人は自分の思い違いから直接取り除こうとしているに過ぎないということが分かり、人生をより良く生きるためには建設的な生き方しかないということが反面教師的に理解できるからです。
この章では森田療法理論の法則の中から、特に日常生活で実践すれば大いに役に立つ法則を選び、生活の発見会で咀嚼(そしゃく)して説明します。
内容は「欲望と不安」「精神交互作用」「感情の法則」「感情は自然現象」「行動の原則」「気分本位と目的本位」の6項目です。

  • 欲望と不安

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    不安が生じるのはなぜか

    なにかを達成したいときに、失敗したらどうしようと不安を感じるのは誰でも当然で、異常なことではありません。またこの不安な気持ちを取り除くことはできません。
    不安は確かに不快な感情ですが、失敗すると困るからよく準備して慎重に取り組もうというように、不安は物事を安全な方向に導くために必要な役割を果たしています。

    不安が生じるのは関連する欲望があるからで、欲望がなければ不安もありません。両者は同一の事柄を表裏両面から見たもので、欲望が大きいほど不安も大きく、欲望が小さくなるに従って不安も小さくなっていきます。そして神経質者には強い欲望があり、そのため不安も強くなります。

    欲望と不安の調和

    神経質症状とは、欲望を達成しようとする過程で起きてくる不安・恐怖・苦労のほうに目がいき、それらを取り除くことに注意が集中した結果、はつらつとした欲望があることを忘れている状態です。
    例えば「生きていくためには堂々としていなくてはならない」とか「ビクビクしてはならない」と思い、その不安を打ち消そうと様々な努力をする。そうすると結果はかえってその逆となり、不安は強まっていく。不安は実はよりよく生きていこうとするための欲望の半面であることを理解すれば、目的達成への努力に方向を転換できます。

    欲望は達成したいけれどもそれに伴う不安・恐怖は避けたいと考えると葛藤が生じ、事実から離れて不可能なことを可能にしようとすることになって症状のもととなります。欲望と不安・恐怖は本来同一の事柄なので、一方だけを得て一方だけを避けることはできません。
    例えば、車を動かすのにアクセルとブレーキは必ずセットで必要であり、ブレーキがない車は即事故につながり運転できません。同様に「人前で緊張し、あがる」という、車でいえばブレーキの役目がない人は、人の思惑を気にしないため謙虚さもなくなり、嫌われたり、社会生活が困難となる場合もあります。

    神経症で悩み不安・恐怖に苦しんでいるときには欲望を自覚するのは難しいものです。そんなときはまず、いつもは手を出さないような、小さなことから始めてみましょう。小さな工夫をしてみましょう、欲望はそのようなささいな実践から発動を始め、やがて際限なく広がっていきます。ゆえに現時点ではまだ欲望が自覚できなくても心配する必要はありません。不安や恐怖を受け入れつつも欲望の実現へと近づいていけば、不安と欲望が調和し、神経質者にとって治癒に至ります。

  • 精神交互作用

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    ある感覚に注意を集中すれば、その感覚は鋭敏となり、この鋭くなった感覚がますます注意を固着させます。 この感覚と注意が交互に作用しあって、最初の感覚は強大になっていきます。この過程を「精神交互作用」といいます。不安や緊張は普通の感覚なのですが、その感覚を感じないようにしようと意識を集中することで、「精神交互作用」が働き、ますます不安や緊張が大きなものになっていくのです。

    「精神交互作用」によって自然な不安が大きな違和感になってくると、それを取り除こうと必死に努力することが目的となり、部分的な弱点を絶対視するようになります。そして、この不安があるから自分の生活はうまくいかないのだと、すべての責任がその違和感にあるように考え、生活の他の側面には目が向かなくなるのです。そのようにして自然な不安は神経質症状にまで発展してしまうのです。

    症状が固着すると、その症状が出そうな場所や状況を避けるようになります。これが度重なると、ますますその場所が怖くなり、行かなくてはならないところ、やらなければならないことから逃げるようになります。このとき、本来やるべきことやその大切さは恐怖のために見失われてしまい、社会生活は後退していきます。しかし反面、神経質者は心の中に、よりよく生きたいという欲求があるので、自分の中での葛藤が大きなものになります。

  • 感情の法則

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    人間の日常の生活を振り返ってみると、自分を取り巻くまわりの状況によって、喜んだり、悲しんだり、腹が立ったりあるいは先のことを想像して不安になったりと、さまざまな感情が起こったり消えたりしてゆきます。森田博士は、この刻一刻と変化し、流れていく感情を科学的に深く洞察し、感情には次の五つの法則があることを発見しました。

    • 法則

      感情は、そのまま放任し、またはその自然発動のままに従えば、その経過は山形の曲線をなし、ひと昇りひと降りして、ついに消失するものである。

      どんな喜びや悲しみといった感情でも永久に続くものではなく、そのまま放っておけば、いつかは自然に消失してしまうものです。すなわち湧き出た感情は天候と同じ自然現象なので、放任しておくしか方法がありません。

    • 法則

      感情はその衝動を満足すれば、急に静まり消失するものである。

      私たちのように神経質性格を持った人は、例えば怒りの感情が起きた時に衝動的な行動をした場合、一時的には満足するかもしれませんが、後で後悔して苦しむことが殆どです。

    • 法則

      感情は同一の感覚に慣れるに従って、にぶくなり不感となるものである。

      朝早く起きるのは、はじめはつらいが続ければ習慣となってさほどつらくなくなります。どんな苦しい試練でも、それに耐え、我慢していくと、それに慣れて、それほど苦痛と感じなくなるものです。

    • 法則

      感情は、その刺激が継続して起こるとき、注意をこれに集中するときに、ますます強くなるものである。

      例えば、人前でのアガリ、声のうわずり、足の震えなどがあり、震えてはいけないと一生懸命になってしまうと、肝心の話の内容が二の次になってしまい、かえって震えに注意が集中し、ますます症状が強くなります。

    • 法則

      感情は、新しい経験によって、これを体得し、その反復によってますます養成される。

      例えば、乗り物に乗れない不安神経症の人が、予期恐怖があるが、おそるおそる電車に乗って、動悸が激しくなっても我慢をしていれば目的地に着くことができます。この電車に乗れたという経験を繰り返し、思い切って乗って目的を果たしたという成果(事実)を認めていけば自信につながります。反対に予期恐怖と苦しさのほうばかりを問題にしていると、乗り物恐怖はますます強くなります。

  • 感情は自然現象

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    生活の発見会では、上記の「感情の法則」に補足して、学習経験から生み出された感情と行動を組み合わせた次の六つの法則を活用しています。

    • 法則

      感情は、人間の内なる自然現象のひとつであって、意志によってコントロールできるものではありません。

      人前での緊張感、憂うつな感じ、不安感など、湧いてくる感情は人間性の自然であって、変えようと思っても変えられるものではありません。

    • 法則

      不安や恐怖、恥などの、自分が嫌悪する感情だけを選択して感じないようにすることは不可能です。
      同様に、喜びや楽しさだけを選択して感じることもできません。

      神経質症状をもっている人にとって、症状や予期恐怖ほど嫌な感情はありませんが、自分の意志で排除することはできないのと同様、喜びや楽しさという自分にとって心地よい感情も自分の意志で感じるようにすることはできません。

    • 法則

      感情は意志によってコントロールできませんが、行動は自分の意志によってコントロールすることができます。

      例えば「人前で緊張してしまい、話をすることができない」と言って悩む対人恐怖の人が、集談会では緊張しながらも、自分の症状を話すことができていることがよくあります。すなわち、「話をする」という行動は、意志さえあれば必ずできるものです。

    • 法則

      不愉快な感情もそのまま感じながら、必要な行動をしていくとき、感情は自然に流れ去り、行動したという事実だけが残ります。

      症状に関連する恐怖や不安といった不愉快な感情を感じながら必要な行動をしたとき、達成感という新しい感情が湧き上がると同時に、嫌な感情も押し流されて行動したという事実と成果が残ります。

    • 法則

      どのような感情も、良い、悪いと価値判断は出来るものではありません。どのような感情を持っても、
      そのことで自分を責めなくてもいいのです。

      感情は、その時その場で発生した天候と同じ自然現象であり、そのまま受け取るしかなく、天候に責任がないのと同じで自分を責める必要もありません。

    • 法則

      行動によって感情は変化していくことが多いですが、行動は感情を変えるためにするものではありませんし、
      行動によって必ずしも望む感情が手に入るわけでもありません。

      神経症の人に「行動」というと、「行動すれば症状は治る」とイメージしがちですが、そうすると行動を、症状を治すため、すなわち感情を変える手段として考えてしまい、本末転倒になります。

  • 行動の原則

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    神経症にとらわれているとき、心はいつも自分の不安や心配を中心に堂々巡りをしています。その悪循環をたちきるために、森田療法は心を外に向けるテクニックを用います。
    不安感、恐怖感、不快感などがあっても、これらの感情や気分はそのまま受け入れて、とにかくやらなければならないことに手を出していくことが大切です。
    また、私たちの苦悩の根元にある「生き生き、はつらつと生きたい」、そして人間的にも「心身両面において健全に成長発展したい」という強い欲望も、行動なくしてその充足はあり得ません。その行動のチェックポイントを次に示します。

    • 1)見つめる・感じる

      第一ステップは、「見つめる」ことです。不安や心配で一杯のときでも、まず自分の周囲の状況に視線を向けるだけでいいのです。それにより「感じ」が沸いてくるまで目をとめて見ましょう。

    • 2)まずは手を出し動く

      感じたことに従って、少し手を出してみます。そうやって動いてみて、気持ちがのってきたらそのまま続ける。イヤだと思う気持ちも大切です。

    • 3)今できることはひとつしかない

      やるべきことが山積みしているとき、あれもこれもと焦る気持ちはありますが、できることはひとつだけです。

    • 4)取り越し苦労には時間切れを宣言する

      心配はいつでも絶え間なく湧いてくるものです。心配を持ちながらも、とりあえず手を出すことです。

    • 5)初めての行動に不安はつきもの

      はじめてのことは当然不安なものです。不安を感じながら、とにかくゆっくりでも、身体を前へ進めることです。

    • 6)行動にははずみがあり、リズムがある

      手を出し、体を動かし、目の前の仕事を見つめているとそこに興味が湧き、勢いが生まれ、自然に体が動いていくようになります。

    • 7)感情と行動は別物

      気持ちがどうであろうと、言葉や行動は自分のコントロールの及ぶ範囲のものです。

    • 8)外相ととのえば内相自ずから熟す

      心のなかがどんなに苦しくても、まず形だけ整えてみる。 「やる気」になるのを待つのではなく、外側(行動や態度)をひとまず整えれば、不快な感情も、その外側につられて交代してゆくものです。例えば、勉強するには、まず椅子に座り、本を開くことです。

    • 9)困難に直面して不安を感じ、迷った時のチェックポイント

      ① 問題は何か
      ②原因はどこにあるか
      ③どんな解決方法があるか
      ④自分のできるもっとよい解決方法は何か
      ⑤選び出したら、直ちに実行に移す。

  • 気分本位と目的本位

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    • 1)気分本位とは気分・症状のみを問題とする態度で、症状の強化につながります。

      例)人前で話すのがイヤだからといって、会合を避け続けていると、ますます人前に出ることが恐怖になり、実生活上でも支障をきたすようになってきます。ここで「症状の違和感=気分」であることを認識することが大切です。

    • 2)目的本位とは物事に即して、目的達成のために行動していく態度で「あるがまま」のカギとなります。

      〈その際、注意するポイント〉
      ①行動には目的があり、症状を治すためにするのではありません。
      ②気分と相談して行動の評価や行動の方針を決めてはなりません。

      例)人前で話すのが怖くても、会合の目的を考え、必要であれば出席して、指名されれば、あがりながらでも発表する。それが目的本位の態度です。

    • 3)今の現実をよく見て、何をするのが大切なのかを認識します。

      例)「症状」を中心に物事を見ないで、現在自分の置かれている状況の中で、本当にしなくてはならないことを見ていく努力をすることが大切です。どうやって会合から逃げようとするのではなく、今の自分の状況の中で、その会合に出ることの重要性を考えるようにする。

    • 4)出来たことに目を向けていく態度がとらわれを解消します。

      会合に出た場合、発表のとき声が震えてしまった自分のみじめさばかりに目を向けがちですが、そのとき目的にそって発言できたこと、今まで欠席していたのに出席できて情報を得られたことなどの方に目を向けるようにします。