体験記一覧(強迫症/不潔恐怖)

不完全恐怖からの脱出(A・Kさん・主婦)

きれいに掃除をして、きちんと家事をこなす主婦になるのが、私の夢でした。
結婚当初は、毎日の家事が楽しく、二人の子どもにめぐまれ、育児と家事とで必死の時期も、私なりに一生懸命家事をこなしていました。
けれど、夫は亭主関白で家事は何ひとつ手伝ってくれません。逆に、いつも私の家事のアラ探しをするのです。料理をつくれば、煮すぎだとか、焼き方が足りない、わざわざ蜘蛛の巣を見つけては「蜘蛛の巣があった」と騒ぐ。そんなとき、私はくやしくても、ただ黙って涙をこらえていました。

そして夫に小言を言われまいと、だんだん私は、ひとつ仕事をし終えると、きちんとできたかどうか確認するようになってきました。そのうちはりつめた緊張の糸がプツンと切れたように、おかしくなってしまいました。不眠になり、目覚めても頭はボーッとして重苦しい。仕事にも手がつけられなくなりました。

神経科のお医者様に行き、薬をいただき、不眠はその薬で治りました。 けれど、それまではテキパキと片付けられたことが、相変わらず何もできないのです。一生懸命になればなるほど、ものごとがきちんとできたかどうか気になり、家事は進まなくなりました。洗濯物はたまる一方、家のなかには埃がつもってくる。台所は汚れた食器がいっぱい。これでは主婦として失格と思い込み、死のうとすら思いました。

そんな極限状態のある日、ひとつの新聞記事から「森田療法」と「生活の発見会」を知りました。わらをもつかむ思いで入会し、『森田式精神健康法』を読みました。

そのなかで「行動の原則」とそのチェックポイントは、私には大きな力になりました。 とにかく動こうをモットーに、仕事に手を出し始めました。

はじめからうまくいくわけではありませんでしたが、そのうち「行動にははずみがある」ことが体でわかりはじめました。物事が完全にできたかできないかということを問題にするのは現実的ではなく、私たちにできるのは、自分なりに精一杯することだけと理解でき、振り返らないように、ゆっくりながら、家事を片付けていきました。

でも、実際は理論どおりにはいきません。ひとつの行動が終わったとき、襲ってくる振り返りたい気持ちを振り払うように、次に何をするかを考え、必死になって行動に移しました。

洗いあがった洗濯物をバケツに入れ、物干しの前に立つ、さぁ竿をふこうと考える。ふいたあと、さぁ洗濯物を干そうと考える。次の行動へ次の行動へと頭を働かせ、手を働かせました。

そんなことは、普通の人がごく自然に何の抵抗もなくしていることでしょうが、私にとっては、実に努力と苦痛のともなうたいへんなものでした。

ときには落ち込んだり、ゆきつ戻りつをしていますが、今はなんとか普通の主婦の仕事をこなし、発見会の活動もしています。子どもたちはそんな状況にもかかわらず、いろいろありましたが、今は社会人となっています。これも、長い間、森田理論を学習したおかげと思っています。